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作:じんべい、籐太 / イラスト:浮月たく |
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―1― |
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和泉ちゃんが死んだあの日から、もう半月が過ぎた。
満開だった桜の季節も過ぎ、気がつくと新緑の季節。
今日も悠ちゃんは、部屋に閉じこもったままだ──。
「悠ちゃん、朝だよ! 学校行こ」
私は元気よくドアを開け、悠ちゃんの部屋に飛び込んだ。
すぐに期待を込めた視線をベッドに向ける。
だけど、今日も悠ちゃんの様子に変わりはない。
朝だというのにカーテンを締め切り、無気力にベッドに横たわっている。
「悠ちゃん……」
これがあの、いつも元気いっぱいで、自信満々だった悠ちゃんだと考えると、つらい。
和泉ちゃんが死んだという現実を叩きつけられているみたいだ。
だけど私まで弱音を吐いちゃダメだ。
今まで私は、悠ちゃんや和泉ちゃんに、いっぱい助けられてきたから。
今度は私が悠ちゃんを元気付けてあげる番なんだ。
決心してベッドに近付き、肩を揺すりながら声をかける。
「朝だよ悠ちゃん。起きなきゃダメだよ」
「……」
ベッドから背を向けたまま沈黙が返ってきた。
今日も起きてるのに、反応してくれない。
無表情のまま、じっと部屋の壁を見つめている。
この顔をしている時の悠ちゃんは嫌いだ。
この世界がどうなろうと、自分がどうなろうと知ったことじゃない。
そう言っているみたいだから。
「こんなの、よくないよ……」
思わず責めるようなことを呟いてしまう。
だけどこんな悠ちゃんを見ているのは嫌だった。
こんな悠ちゃん、私は……和泉ちゃんだって見たくなかったはずだ。
そう考えると、今まで口にするのを躊躇っていた言葉が、自然と漏れてしまった。
「和泉ちゃんが今の悠ちゃん見たら、悲しむよ?」
「……ッ!」
ピクリと悠ちゃんの体が震えたのがわかった。
瞳に戸惑いや悲しみ、怒り……様々な感情が入り混じる。
だけど、それだけだった。
私を拒絶するように布団を頭までかぶり、感情を閉ざした。
ダメだ、また失敗した。
今日もまた、悠ちゃんの力になれなかった……
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―2― |
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「はあ……」
朝の教室。
どうしても目に付く二つの空席に、思わずため息を漏らしてしまう。
ひとつは悠ちゃんの席。
そしてもうひとつは、花が飾られた――和泉ちゃんの席。
義務的に置かれた冷たい花瓶を見るたび、和泉ちゃんはもういないんだと思い知らされる。
半月前まで日常だった、三人で楽しく過ごした日々はもう帰って来ない。
和泉ちゃんは、もう死んじゃったんだ……
そんなことを考えていると、不意に涙が溢れてきた。
私は慌てて涙をぬぐう。
嫌になる、弱い自分。
いつまで泣いてるつもりなんだ。こんなことだから悠ちゃんを助けられない。
そんなことを考えていると、クラスメイトの話し声が耳に入った。
「ねえ、久坂くんって今日も休みなの?」
「やっぱ、牧原さん殺したのがあいつだって噂、ほんとなのかな?」
また、だ。
私は大げさに椅子の音を立てて振り向き、話を続ける二人を睨んだ。
二人は私の顔を見ると、苦笑いを浮かべながら、そそくさと教室を出て行く。
『久坂悠が、牧原和泉を殺した』
この心無い噂話は学校中だけでなく、うちの近所にも広がっている。
わからない。
和泉ちゃんの死んだ場所に悠ちゃんがいたというだけで、どうしてそんな噂をするんだろう。
好きだった女の子が死んで、一番つらい思いをしているのは悠ちゃんなのに。
そのせいで悠ちゃんは、部屋から出ることさえできなくなっているというのに……
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― 3― |
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「悠ちゃん、学校行こう!」
翌日も、その翌日も、また次の日も……
私は出来る限り毎日悠ちゃんの家に行き、学校へ誘った。
気が付くと一ヶ月が過ぎていた。
だけど悠ちゃんは相変わらず布団にくるまったまま。
私に背を向け、現実を受け入れる事を拒み続けた。
「悠ちゃん、今日も学校行かないの?」
この日も、なんの変化のない一日。
そう落胆しながら、部屋を出て行こうとした時だった。
「……陽愛」
丁度、事件から一ヵ月経った日の朝だった。
あの日以来、初めて悠ちゃんが私に声をかけてくれた。
「なあに、悠ちゃん!」
突然舞い込んだ喜びに、私は笑顔で次の言葉を待った。
期待がふくらみ、自然と笑いが零れる。やっと私を受け入れてくれるんだ。
そんな都合のいいことばかり考えていた。
だけど、現実は違った。
「お前、うるさい。もう来るな」
「──え?」
拒絶、された……?
全身が凍りつく。
悠ちゃんに何か言い返したかったが、何も思い浮かばない。
息が苦しくなる。
どうして? 私じゃ、役に立たないの?
やっぱり、和泉ちゃんがいなくちゃ……
動悸が激しい。全身が硬くなる。
ダメだ。私は笑顔でいなきゃいけないのに、出来ない。
私はまた来るとだけ告げると、小刻みに震える体を動かし、学校へ向かった。
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― 4― |
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その日はやっぱり最悪だった。
教室に入ると、落書きされた教科書が机の上に置かれていた。
『人殺し、ブス、死ね──』酷いことが書いてある。
ここのところ毎日だ。私が悠ちゃんの幼なじみだからイジメられている。
つまらない理由。バカみたいだ。
私は黙ってそれを机に入れた。
「うわっ、無視されたぁ。やっぱ人殺しの友達は違うねー」
誰かが呟いた言葉に、くすくすと教室中から笑い声がおこった。
頭が痛い……ずきずきと、頭の中を絞られるような頭痛がする。
やめて……みんな静かにして!
いつもならこのぐらい耐えられるのに、今日の私には耐えられない。
誰かに助けて欲しくて、助けを求めようにも、こんなときいつも助けてくれた和泉ちゃんはもういない。
こんなときいつも助けてくれる悠ちゃんは、私を守ってくれない。
こんな場所で、泣きたくなった。
だけど泣いたら負けだと思った。
今泣いたら、私は弱いままで悠ちゃんを救えないと思った。
悠ちゃんまで失ってしまう。
和泉ちゃんなら、まだ頑張るはずだから、泣いちゃダメだ。
「私の教科書に落書きしたの、誰」
震える声で、だけど皆に聞こえるように強く言った。
さっきまで雑踏に包まれていた教室が一瞬にして静まる。
長い沈黙。
静寂が怖かった。
「わたし……だけど?」
声がした方に視線を向けると、同じ部活の笠原さんだった。
予想外の相手に、私は声を失う。
笠原さんは私や和泉ちゃんの友達だった。
部活帰りに一緒に寄り道したこともあった。
彼女がこんな酷いことをするとは、信じられなかった。
だがそれ以上に、彼女が続けた話はもっと信じられなかった。
「陽愛ってさ、ずっと久坂くんのこと庇ってるけど、それってあんたが犯人だからでしょ。警察の人がうちに来て、久坂くんとの関係
聞いて帰ったんだから」
「ええーっ!!」
笹原さんの言葉に教室中が騒然となる。
私は目の前が真っ暗になり、一気に血の気が引くのを感じた。
警察の人が私と悠ちゃんの? なんでそんなこと聞くの?
「陽愛、久坂くんのこと好きだったもんね。だから和泉ちゃんが邪魔だったんでしょ。女子ならみんな知ってるのよ。
久坂くんは和泉ちゃんのこと──」
「やめてよッ!」
嘲笑、ひやかし、罵倒──。
私を取り囲む声に、気付いたら叫んでいた。
だけど声は大きくなっていく。
気がつくと私は逃げるように教室から飛び出していた。
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― 5― |
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嫌だ、嫌だ、嫌だ!
通学路を全力で走った。
激しく呼吸が乱れ、頭の中が白くなる。
私が和泉ちゃんを殺した? そんなわけない。
和泉ちゃんが死んで喜んでる? そんなわけない。
だって悠ちゃんは和泉ちゃんのことが好きだから。
私は和泉ちゃんの代わりになんてなれないから。
だから私は……私は──ッ。
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― 6― |
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呼吸を整えながら正面を見上げる。
気がつくと、悠ちゃんの家の前に着ていた。
おじさんから貰った合鍵で玄関を開け、悠ちゃんの部屋へ入った。
「悠ちゃん……」
悠ちゃんは、相変わらずベッドの上で背中を向けたまま寝ていた。
それでも私は構わず話し掛けた。
口を開けば何を言い出すかわからない。
だけど、私は喋らずにはいられなかった。
感情がもう、止められなかった。
「悠ちゃん……私が、和泉ちゃんを殺したの?」
「──え?」
悠ちゃんが驚いて振り返る。
久しぶりに見た、悠ちゃんのこんな表情。
やっぱりダメだ、私は……こんな時にそんなこと考えるなんて。
だから、まだ変なことを言ってしまう。
「私が和泉ちゃん殺したって、みんなが言うの。私が……和泉ちゃんを殺したの?」
「陽愛、お前──」
頭の中が真っ白になって、目で見えてるのに悠ちゃんの顔がわからない。
今の悠ちゃんはどんな表情をしてるんだろう。
怒ってるかもしれない。呆れてるかもしれない。理解できないかもしれない。
自分でも何でこんな事を聞いてるのかわからない。
……ううん、本当はわかってる。
私は和泉ちゃんが死んで、少しホッとしたんだ。
それをみんなに言われたから怖くなって逃げ出した。
そのくせ悠ちゃんに許して欲しかったから、こんなこと聞いてるんだ。
私は、最低だ。
「陽愛!」
私は乱暴にドアを開け、逃げ出した。
卑怯者の私はもうここにはいられない。
私は悠ちゃんの傍にいちゃいけない人間なんだ。
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― 7― |
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石段をくだり、着いた先は桜。
和泉ちゃんの死んだ場所。
千年桜は今年もまた、春が過ぎたというのに狂い咲きしている。
桜の根元には、綺麗な花束。
そこに和泉ちゃんが大好きだった、小さなビスケットのお菓子を添えた。
「ごめんね和泉ちゃん……ごめんね……」
許してくれる相手はもういない。
それでも私は謝った。
私が謝れば和泉ちゃんはいつも許してくれる。
甘えたかった。
私は、和泉ちゃんに助けて欲しかった。
「う、うぅ……和泉ちゃん……和泉ちゃん!」
堰を切ったように、涙が溢れる。
そうだ、やっぱり私じゃダメなんだ。
自分の無力さを思い知った。
心のたがが外れ、私は桜の木に向かって叫んだ。
「私じゃダメ……ダメなんだよぉっ! 私じゃ悠ちゃんを助けてあげられない! 帰ってきてよ、和泉ちゃんッ!!」
情けないくらい涙が零れた。
結局私の力じゃ、何一つできない。
大好きな人を助けることさえできない。
和泉ちゃんがいなければ、私は──。
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― 8― |
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桜の木から、少し離れた場所にある石塔。
そこに少年が、爪が食い込むほど拳を握りながら立っていた。
少年は己の弱さで大切な人を、また一人失うところだった。
怒り。情けない自分に対する怒りを、思い切り石塔にぶつける。
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― 9― |
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ドンッ!
「きゃっ!?」
突然の大きな音に驚く。
私は慌てて涙をぬぐい、音の方へ振り向いた。
恥ずかしい、誰かに見られたのかな?
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― 10― |
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「あれ、ここ血がついてる……どうしたんだろう?」
音がした場所には、大人一人分位の大きさの石塔が立っていた。
その石塔の胴体の部分に拳大の血がついている。
少し怖い。今日はもう帰ろう。
そう思って立ち上がったところで、石段にビスケットの箱が落ちているのに気付いた。
あれは……和泉ちゃんのビスケットだ。
「私、落としちゃったのかな?」
落ちていたビスケットを拾う。
ふと、昔のことを思い出した。
子供の頃、悠ちゃんと和泉ちゃんと、三人で街に探検に出かけた時のこと。
悠ちゃんがビスケットを落として泣きそうになった事がある。
私達は可哀相だからと、持っていたお菓子を悠ちゃんに分けてあげたんだけど、
悠ちゃんは照れくさかったのか、いらないと断った。
だけど私が、悠ちゃんが食べないなら私も食べないって言うと、しょうがないなって言いながら、嬉しそうにお菓子を食べたんだ。
「ふふふ」
思い出すと、おかしくて笑ってしまう。
そういえばあの時の和泉ちゃんの言葉……
『悠ちゃんは、私達が守ってあげないとだめだね』
……ああ、そうか。
これは私を励ましてくれるために、和泉ちゃんが落としたんだ。
悠ちゃんを助けてあげられるのは、もう私だけだから。
私は深呼吸すると決意した。
明日も悠ちゃんを誘おう。
明後日も、次の日も、悠ちゃんが元気になるまで……
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― 11― |
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翌日。
決心したはいいが、私は玄関の前で躊躇っていた。
どうしよう? 昨日変なこと言ったから気まずいかな?
私がドアの前でうろうろしていると、信じられないことが起こった。
「お前……なにやってんだ?」
「ゆ、悠ちゃん!?」
制服をきた悠ちゃんが、ドアを開けて目の前に現れた。
どうして?
悠ちゃんは驚く私のおでこを指で弾くと、得意の呆れ顔で言った。
「おい、学校遅れるぞ。ぼけっとしてんなよ」
「あ……う、うん!」
悠ちゃんだ、いつもの悠ちゃん。元に戻った。
私は嬉しくて思わず悠ちゃんに抱きついた。
「わっ! バカ、痛いっ!」
「あ、ごめん。手、怪我してるの?」
体の当たった手の甲を見ると、包帯が巻かれていた。
「こ、こいつは転んだんだよ。それよりほら、行くぞ」
「あーっ、ま、待ってよぉ」
突然駆け出した悠ちゃんに遅れないよう、後を追いかける。
嬉しい。学校に行くのが楽しいなんて、久しぶりだ。
きっと昨日、和泉ちゃんにお願いしたから、助けてくれたんだ。
和泉ちゃん、ありがとう。私これからも頑張るから。
悠ちゃんのこと守るから、ずっと見守っていてね。
ありがとう、大好きな和泉ちゃん……
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― 了― |
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